石屋さんのおじいちゃんの話

昔は山口の徳山からの石材は、筑後川を遡って船で久留米まで来ていた。そこから、馬車や車で搬入。逆に材木は、日田から筏で船頭さんが乗って下ってきていた。土留めで使う間知石は、山で加工していた。基山にも採石場があった。

1970年代から韓国から石材が輸入されはじめ、1980年代からは中国から輸入が始まった。最近はインドが多い。韓国の石は時間が経つと錆が出て来て、客からクレームが来た。

大陸の御影石と、日本の御影石は、よく見ると「目」が違う。大陸のものは岩盤から切り出し、日本のものは大きな岩塊になってるものから切り出すからとのこと。

一番値段が高いのは香川の庵治石。その中でも等級がある。

天山石は硬い。切る時が全然違う。

機械メーカーも、石屋と同じく、加工機械が売れないので減って来ている。

「従業員」と「職人」。「職人」がほとんどいなくなってしまった。

中国の石屋も、昔と比べてだいぶ淘汰が進んで、技術のあるところが生き残っている。墓石のほとんどが中国に制作依頼して輸入していて、日本で制作することがほとんど無くなってしまった。